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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)869号 判決

高松市多賀町二丁目一〇番二〇号

控訴人

株式会社セシール

右代表者代表取締役

正岡道一

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

辻川正人

東風龍明

片桐浩二

久世勝之

岩坪哲

奈良県大和高田市東中二丁目一一番二二号

被控訴人

株式会社ハヤシ・ニット

右代表者代表取締役

林正晃

右訴訟代理人弁護士

守井雄一郎

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(以下、控訴人を被告と表記し、被控訴人を原告と表記する)

事実

一  申立て

被告は、主文同旨の判決を求め、原告は、控訴棄却の判決を求めた。

二  請求の原因

原告は、被告標章(原判決三枚目裏の(二)の項)が本件商標権(原判決二枚目裏の1の項)を侵害していると主張し、また、本件商標(本件商標権に係る商標)が周知のものとなっているとして、原判決六枚目表の5の項に記載の被告の行為が、不正競争防止法一条一項一号に該当すると主張し、被告に対して、一〇〇〇万円の損害賠償(商標法又は不正競争防止法に基づく)と、信用回復措置(不正競争防止法一条ノ二第四項)としての謝罪広告の掲載、並びに不正競争防止法に基づく被告標章の差止めを請求している(ただし、当審の審判の対象は原判決の一部請求認容部分の当否に限定)。その原因は、原判決二枚目裏以下の「一 請求原因」の項に記載のとおりである。ただし、原判決七枚目表三行目に「被告が」とある次に「、昭和六一年八月から昭和六二年二月までの間、」と挿入し、同九行目に「被告は、」とある次に「右の期間、」と挿入し、同一一行目に「被告は少なくとも、」とある次に「右の期間、」と挿入する。

なお、被告の後記補充的主張に対し、原告は、「通信販売といっても、消費者から見れば大型スーパーマーケットと同様に大量販売して小売り価格を低く抑えるところにセールスポイントがあるにすぎない。消費者は、被告のカタログに掲載された商品を、他のメーカーから仕入れたりなどしているものと理解していたのであり、本件商標を付している原告ないしその関連会社の取扱い商品と、被告標章の付された商品の製造元の出所混同は生じる。」と述べた。

三  請求の原因に対する認否

1  被告は、請求の原因に対する認否として、原判決八枚目表以下の「二 請求原因に対する認否」の項に記載のとおり述べた。

2  被告は、本件商標を使用する商品と、被告の販売形態の間に出所混同が生じないことについて、次のとおり補充して述べた。

被告は、一般小売り店を通じて商品を販売しておらず、通信販売だけを扱っている。消費者は被告が販売する商品であることを明確に意識して注文する形態となっている。すなわち、被告は、「株式会社セシール」の名の下に営業活動をし、この商号と、「〈省略〉」マーク及び「Cecilene」「セシレーヌ」の商標(ハウスマーク)を商品に表示し、「Cecilene」と印刷された箱に商品を入れて消費者に送付している。したがって、被告が販売する商品と、原告ないしはその商品販売のための子会社である(株)ビビエルボが扱う商品との間に、出所混同は生じない。

四  抗弁

被告標章の使用は、被告が取得した次の商標権に係る登録商標(以下「被告登録商標」という)の使用であって、本件商標権の侵害に当たらないし、不正競争防止法六条の適用により、同法一条一項一号該当の除外事由に当たる。

登録番号 第二一六一九四四号

登録商標 下記のとおり

指定商品 第一七類 下着その他本類に属する商品

商願 昭六一-八五九四九

出願日 昭和六一年八月一一日

登録日 平成元年八月三一日

五 再抗弁

原告は、被告登録商標が商標登録を受けたことを認めたが、原判決一三枚目表以下の「五 再抗弁」の項のとおり、被告登録商標の権利行使は、権利の濫用に当たると主張した。

理由

一  原告が本件商標権を有していることは当事者間に争いがなく、請求の原因3の(一)の事実(被告の営業内容)、(二)の事実(広告及び通信販売での被告標章の使用)並びに(三)の事実(被告標章の使用が、本件商標の指定商品と同一のものを対象としていること)も、当事者間に争いがない。

二  本件商標と被告標章の称呼、観念の類否

1  商標の類否判断に際しては、要部観察が可能か否かがまず検討されなければならないので、この点について検討するのに、本件商標は「ウォーミィー」の一体の文字から成るものなので、全体が要部である。これに対し、被告標章は「ウォーミィ」と「ライフ」の二つの文字列に分かれそのいずれかが要部となるのか、あるいは「ウォーミィライフ」の文字が一体となって全体が要部となるのかが問題となる。

2  乙第一九号証の一、二によれば、被告の商標登録に際しては、原告が登録異議の申立てをしていたが、特許庁審査官は、平成元年三月一四日の決定において、被告登録商標を構成する文字は外観上まとまりよく同書体で一体に表されており、特にこれを、「Warmy」ないし「ウォーミィ」と「Life」ないし「ライフ」に分離して称呼、観念しなければならない格別の事情はない。そして、原告が被告の右登録異議の申立てにおいて引用した本件商標は、「ウォーミィ」の称呼が生じ特定の語義を有しない造語と認められ、被告登録商標と本件商標とは、称呼上構成音数において顕著な差異を有していて、相紛れるおそれはないと判断していることが認められる。

このように、商標の類否判断の専門行政庁である特許庁は、被告標章は、「ウォーミィ」と「ライフ」とに分離して称呼が生じ、またそのように分離して観念することはできないと判断している。

そして、乙第六号証添付の資料及び乙第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし四によれば、昭和五六年には〈省略〉の商標が出願され、昭和五九年には〈省略〉の商標及び、〈省略〉の商標が出願され、昭和六〇年には〈省略〉の商標出願され、いずれも出願公告されていることが認められる。このうち、〈省略〉の商標は、本件商標の出願人である帝人株式会社の出願に係るものである。さらに、右各証拠によれば、原告は、昭和五三年に、本件商標及び登録第一五一〇五四四号の商標(〈省略〉)の連合商標として、〈省略〉の商標登録出願をしたが、昭和五九年、本件商標及び〈省略〉の商標とは類似しない(連合商標の登録要件を充足しない)との特許庁審判官の拒絶理由通知を受けて、これを独立の商標登録出願に変更し、その結果、これについて商標登録すべきものとする審決を得たが、その理由中では、〈省略〉の商標らは「ヘルスウォーミィー」の一連の称呼のみが生じ、特定の語義を有しない造語から成るものと判断されていることが認められる。

これらの事実によれば、特許庁は、商品識別力として、被告登録商標に限らず一般に、ウォーミィーないしウォーミィの称呼、観念に重点を置いていないことが明らかである。また、「ライフ」の語は、生活、暮らしの意味を有し、他の語と一体となって呼称されて使用される場合が多いことも、一般に理解することができる。

3  本件商標は、「ウォーミィー」の片仮名を同じ大きさの同一字体で横書きにして成るもので、字体に特徴があるわけではない。もとより、本件商標に係る語は、日本語としてだけでなく、英語としても意味のあるものではないけれども、指定商品が「被服、布製見回品、寝具類」とされているところからすると、英語の正確な文法や活用、用語を理解していない日本の一般消費者にとって、本件商標は、英語の「warm」を連想させ、その形容詞に当たる単語であると短絡的に理解してしまうものであることは否めない。本件商標は、使用される商品との関連でみると、商標というよりは、いかにも商品の効能を示す普通の用語(商標法三条一項三号参照)であるかのような連想を抱かせるのであり、暖かさが効能として要求される本件商標の指定商品に使用される場合においては、識別力はさほど強くはないといわなければならない。

もっとも、本件商標が指定商品の流通の分野ないし消費者の間で著名になっていて、「ウォーミィー」といえば原告が扱う商品であるとの通念、あるいは、原告が扱っているとまでは浸透していなくても、特定の企業が扱っている商品であるとの通念が浸透しているならば、本件商標の識別力も強いものといえよう。しかしながら、甲第一二号証、甲第一三号証の一三ないし四一によれば、原告が本件商標を使用する商品(後記四で認定する健康肌着)を宣伝するに際しては、元近鉄球団の監督・西本幸雄をキャラクターとして起用していることを強調し、あるいはその商品が「薄くて、暖かい、軽い」といった機能面での有利さを強調し、その根拠を一般消費者に理解しやすいよう説明してきたことが認められるのであって、商品名「ウォーミィー」は、その連想される前記のイメージからして、キャラクターと機能面の説明に比較してみれば、一般消費者の記憶に残りにくいものであるといわなければならない。右各証拠によれば、原告ないしその関連会社が扱う商品の広告に、登録商標であることを表す、Rを○で囲ったマークを本件商標に添えていることが認められるが、このマーク自体は、事実上、原告ないしその関連会社が取り扱う商品に付された本件商標が登録商標であることを競業者に知らせているにすぎず、一般消費者にとって商品の識別力として意味のあるものではない。その他本件の全証拠を検討してみても、本件商標が原告の扱う商品の標章であるとか、特定の企業が扱っているものであるという通念が浸透しているとまでは認めることはできない。

なお、前記各証拠によれば、原告ないしその関連会社が取り扱う商品においては、次頁のような、字体に特徴を持つ商標が使用されてきたことが認められ、これは本件商標の使用に当たる。そして、右各証拠によれば、原告は、長期間にわたり、下記の字体のような特徴を持たせて、本件商標を一般に周知させようとしていたことがうかがわれる。前述のように、文字だけでは格段の識別力のない本件商標は、このように字体に特徴を持って初めて、顕著な識別力を有するものというべきであるから、消費者ないし流通業者は、特徴のある字体を有する商標が使用されている商品にあって初めて、特定の企業による製造・販売を顕著に結び付けて理解するものというべきである。〈省略〉

4  以上の事実関係を総合すると、被告標章においては、「ウォーミィ」の文字列と「ライフ」の文字列の二つの部分に分けて、そのいずれかを被告標章の要部とするのは相当でなく、「ウォーミィライフ」の全体を要部として、本件商標との類否を判断するのが相当であるということになる。

5  この前提に沿って判断するのに、本件商標の要部である「ウォーミィー」と被告標章の要部である「ウォーミィライフ」とは、前者が「暖かみのある」というほどの観念を生じさせ、後者が全体として「暖かみのある生活」というほどの観念を生じさせる。「暖かみ」は、本件商標の指定商品及び被告標章が使用されている商品である肌着(請求の原因三の(二)参照)の効能を普通に用いられる方法で表示するものなので、これに比重を置かないでみた場合、両者の観念は類似するものではないといわなければならない。また、「ウォーミィー」の称呼と「ウォーミィライフ」との称呼は、一体として称呼される音数からみると、その相違は大きい。したがって、本件商標と被告標章とは、称呼、観念において類似するものではないというべきである。

三  外観の類否

本件商標は、「ウォーミィー」の片仮名を単に横書きにして成るもので、その字体に特徴があるわけではない。これに対し、被告標章は、濃い色の地に白抜きの片仮名で、「ウォーミィライフ」と、同じ大きさ、同一字体で一連に横書きされたものである。そうすると、本件商標と被告標章は、構成する文字数や字体の違いの点や、白抜きとなっているか否かの点で異なるものであり、外観においても類似するものでないというべきである。

四  取引の実情からみた類否

1  前記一に記載の争いのない事実に、甲第四号証、甲第五号証の一ないし四、第六号証、第七号証の一ないし五、第八号証、第一二号証、第一四号証の一ないし一二三、第一五号証の一、二、乙第三号証、原告代表者尋問の結果並びに証人正岡寿の証言(原審及び当審)によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は、昭和五〇年ごろ、原告製造商品の販売子会社として(株)ビビエルボを設立し、その後同社の名義により、遅くとも昭和五三年から本件商標を使用して健康肌着の広告宣伝を行い、通信販売やデパート等の販売店を通じての販売を行ってきている。この商品は、通常の肌着よりも保温能力に優れ、老人あるいは病人などや、冬のスポーツでの使用などを目的として宣伝されてきていた。

そして、原告ないしその販売会社である(株)ビビエルボの取り扱う商品に付される本件商標は、前記のような特徴のある字体で知られてきており、あるいは著名な西本幸雄のキャラクターと合わせて使用されるなどの態様の下で、本件商標が使用される商品は、原告や(株)ビビエルボの取り扱う商品であると識別されてきた。

(2)  他方、被告は、流通コストを節減して、肌着を中心とする商品を一般消費者に直接通信販売する会社であるが、被告標章の使用の態様は、請求の原因3(二)のとおり(原判決三枚目裏)であって、具体的には、被告標章を使用した商品の広告は、注文を受けた消費者の下に頒布され、被告が販売する商品全体を表示するものと理解される「Cecilene」との表題を付した三六〇頁ほどの大部のカタログの中の二頁のみにわたっていたにすぎない。

また、被告標章は、商品の説明又は型番にすぎないかのような体裁で記載されるか(別紙1、2)、購入した消費者に届けられる商品の包装袋に使用されていた(別紙3)のであり、被告標章の使用態様は、原告ないし(株)ビビエルボがしたように、新聞などに本件商標を大きく記載して販売の広告をしたというものではない。

2  以上の事実によれば、流通業者ないし一般消費者は、特に、独特の字体と西本元監督のキャラクターにより顕著に、原告ないしその関連会社が取り扱う商品を、他の業者の取り扱う商品と識別するのに対し、被告の通信販売を利用する消費者は、「セシレーヌ」ないし「Cecilene」をもって、被告の商品であることを示すブランドとして顕著に認識するのが一般であると理解される。そして、前記個々の商品の説明又は型番にすぎないような体裁で付された被告標章のようなもの(被告の前記カタログには、他の商品にも、商品表示と一応理解されるものが個々に付されている)に、独立した顕著な商品表示機能があり、その商品の出所が被告以外の者にあるとの認識の下に、その者の商品であるとして注文するものではないものと認められるのである。結局、原告ないし(株)ビビエルボの本件商標の使用と、被告による被告標章の使用との間に、混同のおそれはなかったものと認められるのであって、取引の実情からみても、本件商標と被告標章とは類似するということはできない。

3  原告代表者は、被告標章が使用された際、原告の取引業者や消費者から、被告標章を使用した商品は、原告ないしその関連会社が取り扱う商品ではないかとの問合せがあり、被告のような通信販売業者に、原告ないしその関連会社が取り扱う商品を安く流しているのではないかという抗議があり、また、被告標章を使用した商品が広告されてからは、本件商標を使用した原告ないし(株)ビビエルボの取り扱う商品の注文件数が約半分に落ち込んだことがあったと供述する。しかし、一般消費者からの抗議が、原告が扱っている販売ルートよりも単価を安くしているというだけの趣旨ならば、これは、自己が購入した商品の単価より安い値段で販売していることの抗議をしようとしたものであることは理解できるものの、せいぜいそのような程度の誤解を与えたというにとどまり、被告標章は、原告に対して本件商標を使用した商品についての問合せをする契機となったにすぎないものと考えられる。被告が販売する商品を、原告ないしその関連会社の扱う商品と混同して購入し、クレームを付けてきた流通業者や消費者があったことを認める証拠はなく、流通業者ないし購入しようとする消費者にとって、被告標章が、原告ないしその関連会社の取り扱う商品の識別力を失わせるものであったとまでは認められないのである。また、流通業者から、原告ないしその関連会社の取り扱う商品の取引を中止されて、原告の商品の信用力を喪失したことを認めるに足りる証拠もない。また、原告ないし(株)ビビエルボの商品の注文件数が落ち込んだ事実があるとしても、それは、需要が落ち込んだこと、あるいは被告の商品が競合商品であったことによる可能性を捨てきれず、被告標章を使用しての商品が通信販売されるようになったことに起因しているものと直ちに認めるごとはできないのであって、この点を認めるに足りる証拠もない。

五  商標権に基づく請求の結論

そうすると、被告標章は、称呼、観念、外観のいずれにおいても本件商標と類似するものではないというべきであり、この判断は、取引の実情からみても変わらない。被告標章は、本件商標権の禁止権の範囲に属するものではなく、本件商標権に基づく原告の本訴請求は理由がない。

六  不正競争防止法に基づく請求について

本件商標が遅くとも昭和六〇年以降までに、健康肌着等の商品表示として、日本国内で周知のものとなっていたことは、原判決が二三枚目表末行から二七枚目表三行目までに認定しているとおりである(ただし、三六枚目裏七行目の「被告が、」から一〇行目までを除く)。なお、当裁判所は、原告の本件商標は、前記一五頁に図示したような字体により周知となったものと認めるのであって、その事実関係は、そこに説示したとおりである。

しかしながら、被告標章が原告の商品表示である本件商標に類似するものでないことは、商標法に基づく請求についての前記判断のとおりである。したがって、被告標章の使用は、不正競争防止法一条一項一号にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示ト同一若ハ類似ノモノ」という要件に当たらないというべきであり、同号にいう、原告ないしその関連会社の取扱う「商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」に該当するものということもできない。

なおまた、被告が被告登録商標の商標登録を得たことは当事者間に争いがなく、被告標章は被告登録商標と同一のものであり、その使用は被告登録商標の指定商品について行われたものであるから、被告の被告標章の使用は、不正競争防止法六条所定の工業所有権の権利行使に当たる。したがって、被告登録商標が商標登録された後の被告標章の使用は、その余の点を判断するまでもなく、原告の商品表示である本件商標に対する関係で不正競争行為には当たらない。そして、被告標章が原告の商品表示である本件商標に類似しない以上、被告登録商標の使用が商標権の濫用に当たるとする原告の主張は、判断の限りではない。

したがって、不正競争防止法一条一項一号に基づく原告の本訴請求も理由がない。

七  結論

以上によれば、原告の本訴請求はすべて理由がないので、その一部を認容した原判決を取り消して原出の請求を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 山﨑杲 裁判官 塩月秀平)

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